OUR HISTORY ― 沿革
黒江組から、西浜鉄工所へ。
三代で受け継ぐ、和歌山の配管鉄工。

和歌山の地で、配管と鉄に向き合いつづけて半世紀。初代・黒江好雄が興した「黒江組」の技は、二代・進次朗、三代・幸次朗へと受け継がれてきました。ここでは、その歩みを、当時の写真とともにたどります。
創業期 ― 〜昭和50年|黒江組
和歌山で「黒江組」として、配管・製缶を手がける。図面のない時代から、現場で考え、手で形にする——その姿勢が、のちのすべての礎となりました。
― 初代・黒江好雄の時代の記録 ―





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1975 ― 昭和50年
1975年(昭和50年)10月、個人の技から、会社としての一歩を踏み出します。配管工事・製缶工事・鉄骨工事を柱に、和歌山の産業設備を支える歩みが本格的に始まりました。
昭和50年代 ― 黒江鉄工所
法人化ののち、技と現場を二代・進次朗が受け継ぎます。「黒江鉄工所」として数々の現場をこなし、確かな技術と信頼を、一つひとつ積み重ねていきました。
1985 ― 昭和60年
1985年(昭和60年)、社名を「西浜鉄工所」へと改め、現在の和歌山市西浜へ移転。独立した一社として、自らの名で新たな歩みを始めました。
2015 → 現在
2015年、三代・幸次朗が代表に就任。化学プラントの配管・製缶・メンテナンスを通じて、先代から受け継いだ「目に見えない品質」を守り続けています。鉄とともに歩んできた半世紀の信頼を、これからも次の世代へ。
誰も見ない溶接の裏側にこそ、魂を込める。
その精神は、三代を越えて変わらない。